印刷用表示 |テキストサイズ 小 |中 |大 |
updated 2009-09-16

2人の会話は続きます。
弓月は、話すことで自分の気持ちを再確認し、
七夜は、初めて聞くことばかりの会話に驚きやうなずきを繰り返しながらも、
あることに気付いていきます。
弓月さんが口にする言葉…。
愛や尊敬、信頼、感謝といったそのどれもが、ちっとも軽くない。
ごく自然に、生きた言葉となって、優しく私の耳に届きハートに落ちてくる。
きっと、この人の周りには、こういった思いを抱いて生きている人たちがいて、
互いにキャッチボールができているんだろうな…。
わたしは?
わたしはどうだろう…?
「そういうふうに思える人…、人間関係、わたし、ないや…。
弓月さん、私、正直いって、誰かと付き合ったりしても心底楽しくないし、
結婚とかにも、あんまり憧れないし…。」
「それは、きっとまだ、時期じゃないんでしょうねぇ…。」
「時期じゃない…?」
「七夜ちゃんの準備が整ってきたら、自然と思えるようになるんじゃないかな。」
「弓月さんにも、そんな時ありました?」
「もちろん、あったわよ。20代の頃なんか、ぜんぜん結婚にピンとこなかったもの。」
「え~。憧れもしなかった?」
「しない、しない、こんなふうに七夜ちゃんに話している自分を、20代の私が
見たら驚くわ! 笑 」
「へぇ~! それがどうして、変わったんですか?」
「そうねぇ。 結婚感は人それぞれだけど…、私は出会いが大きかったかなぁ。
結婚そのものに憧れる人もいれば、子供がほしいと思う人、子供時代に幸せな家庭に
恵まれなくて早くに自分の家庭を持ちたいと願う人、親の希望を叶えようと結婚する人、
半身となる伴侶にめぐり逢って結婚を考える人…。
いろいろでしょうね。いろんな出会いや出来事、気付きが、ゆっくり心を変化させて、
私たちに結婚の準備をさせてくれるのかな。。。」
「半身って?」
「あぁ、結婚に関するインド人の理想のなかにね、右半身が夫で、その身体の左半身が
妻である、という考えがあるんですって。
夫と妻は単体の一部であって、互いに補い合うものなんだ、って。」
「へぇ。 右半身と左半身…。」

右半身…。
わたしは誰かの左半身なのだろうか…?
さっきの天皇陛下のお話や、広い世の中には、そういった関係になれる人もいるんだ
ろうな。でも、自分は…、なれないような気がする…。
「まぁ、間違いなく、七夜ちゃんの右半身となるお方は、もうこの世のどこかに
生を受けているわね。」
「えっ!?」
弓月さんが、まるで、わたしの心を見透かすように笑って言った。
「そんな人、この世にいるんですかね!? だって、私の友達なんか、結婚やめるって
アッサリ決めちゃって…。2人が3年間培ったものって、いったいなんだったんだろう?
好きだと思う気持ちも、条件やなにかで簡単に変化していっちゃうんなら、それって
一時的だし、生涯をかけた結婚なんて、とてもムリな気がしてきました…。」
私は、ミキの話しに、自分の今までをだぶらせていた。
物語の主人公たちのような愛なんか、この世に存在しないんじゃないだろうか。
そもそも、人間関係においても、信頼や愛情なんて、実はなくって、みんなどっかで
こんなものかとあきらめたりしてるんじゃないだろうか。
「七夜ちゃんが信じてたら、きっと出逢えるわ。」
「え?」
「七夜ちゃんが、そんな存在はいない、って思えば出逢わないだろうし。」
「…。」
「人の間に、信頼や愛情がない、って思えばそうなるだろうし。
人と人が愛ある関係でつながっている、と思ってそのように行動すれば、
きっとそういう人間関係が生まれて、そこから本当に愛し合える人にも
出逢えるんじゃないかなぁ。」
「…。」
また、甘い花の香りがする。
弓月さんが、ふと思い出したように言った。
「そうだ、蓮池のハッチーの話し、知ってる?」
「なんですか、それ?」
「蓮の池のね、魚とカエルとハチのおはなし♪」
弓月さんが、楽しそうに笑った。

ある聖者の詩には、人間と人間との間の距離の近さは、
必ずしも愛情の証にはならないとあります。
同じ家の中に住み、週末には同じ車に乗ってドライブをするとか、
一緒に食事をするとか、そのようなとき、2人の距離は近いと言えます。
けれども、心と心の間の距離、親しさはどうでしょうか?
親しさとはなんでしょうか?
聖者は次のような例え話をしています。
池に蓮の花が咲いているとします。
池には魚とカエルが住んでいます。
魚もカエルも蓮の花の中に甘い蜜があることを知りません。
しかし、遠くから飛んでくる蜂は、蓮の花の中に甘い蜜があることをよく知っており、
真っ直ぐに花へと飛んできて蜜を味わいます。
聖者は、魚やカエルが蓮の近くにいるにも関わらず、蓮の中の蜜の存在を知らないために、
甘さを体験できないことに例えて、
距離によって愛情が確認されるわけではないと言うのです。
夫婦も互いの甘さの存在を知ることが重要です。
そして、互いの甘さを知るためには、互いに信頼すること、いかなることがあっても
揺らぐことのない、信頼関係を育むことです。
そして、その信頼のもとに、相手の考えていることや相手の価値観を理解するのです。
このようにするなら、結婚は不安から喜びに変わり、温かさと甘さに変わるのです。
「おしまい。」
「面白い♪ それに、わかりやすいですね!」
「これって、夫婦にかぎったことじゃないと思わない?」
「ですね。 家族や友達にも当てはまるかも!」
「そうよねぇ。 両親や家族に甘い密を見つけて、友人の甘さを発見して、職場の同僚の
花の蜜を味わえたら…。」
「すごいすごい、それ! まわり中、お花畑になっちゃうかも…。」
「ほんとね♪ 私たちみ~んな、蓮池のハッチーになって、すべての甘さを味わえたら、
ステキじゃない?」
弓月さんが、また嬉しそうに笑って、お茶を一口飲んだ。
鳥たちまで、楽しそうにハミングしている。

「ねぇ、七夜ちゃん。 もし、一人の人を心から信頼して愛することができたら、
その感覚を、隣の人、その隣の人、さらに隣の人にも、広げていけるかしら?」
「え?」
「ローソクの炎みたいに、となりのローソクに、光りを移していけると思う?」
「え、と…、ローソクでなら、できるけど…。」
「人間同士ではできないかな?」
「そんなこと、考えたこともないから…。」
言葉につまってしまった…。
甘い蜜をもとめて飛ぶハチの次は、光りを移すローソク?
「私ね、ともに生きていきたいと思う人と、それをやってみたいの。」
「え…?」
「世の中に、どーして悲惨なニュースや争いが尽きないんだろう?って、考えてた時にね、
すべての人が理解し合って、みんなが幸せになるなんてこと、そもそも絶対不可能
なんじゃないか…、って、虚しい気持ちになってしまったの…。
いろんな事に無気力な時期があったわ。」
「弓月さんが?」
「そう。 自分には、なんにもできないなぁ…、って。
そんなときにね、こんな言葉に出合ってね。
全てを愛することができなくても、落胆することはない。
すべてを理解することができなかったら、
あなたの最も大切なもの、最も愛する者を思い浮かべなさい。
そのものへ抱く愛を、次にほんの少し隣にいるものに移していきなさい。
それができたなら、また少し隣のものへ、また隣へ、またさらに隣へと、
その感覚を広げてゆきなさい。
そうすれば、いつか必ず、あなたの愛はすべてに広がってゆくでしょう。
ってね。」
「…。」
「驚いたわ!嬉しくてね。やってみたいと思った。だって、必ずできる、って言うのよ。
自分にも、その方法でならできるかもしれない、って、単純に思っちゃったの。
言葉の力って、すごいわね!」
子供のように無邪気に話す弓月さんを見ていたら、
なぜか、私にもできそうな気が一瞬した。
「夫婦の間で、子育てするなかで、それを互いにできたら素晴らしいなぁ、とその時
思ってね。社会の一番縮図である家庭でそれを実践できたら、きっと家庭からすべてが
始まっていつか世界に届くんだ、って実感したの。
それ以来かな、結婚したい、と思う理由の一つにそれがなったのは。」
驚きと喜びがまざりあったこんな会話は初めて。
どうして結婚したいと思うの? 弓月さんに聞かれて以来、いろいろ考えたけど、
ハッキリとした理由が見つからなかった。
それも、そのはずだ!
目の前にいるこの人は、自分のことを、少なくとも私よりはよくわかっている。
弓月さんが大切に思う存在に出逢ったのも、その前に、自分がどんな人間か知る努力を
してきたからなんだろうな。 落胆や、喜び、成功や失敗を繰り返しながら。。。
わたしは、結婚うんぬん考えるまえに、まず、自分自身をもっとよく知った方がいい。
自分が何者かもよくわからずに、人のことを理解しようとしても、きっと順序が逆だ。
理屈じゃなく、そう思った。
「弓月さん、わたし、旅にでる目的が、今変わりました!」
「あら、どうしたの?急に。」
「蜜の甘さをさがす旅にでます。 でもって、自分のこともよく観察してきます!」
弓月さんがとても優しい表情で言ってくれた。
「すばらしいわねぇ…。 七夜ハッチー、あま~い蜜さがしの旅に出る!の巻き。」
ちゅるちゅるちゅる~。
わたしは勢いよくストローをすった。
すっかり氷が溶けて水っぽくなったアイスティーが、妙に美味しかった。
〜第4章へつづく〜